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この家の食事はまずくはないが素朴なので、フェルマイズが少し手を加えると、料理女が作り置いたスープは見違えるほどに美味になった。おまけに年代物のベオル酒が、汗を流してさっぱりした体の隅々にまで染み渡り、この所どうでも良くなっていた人生に思わず乾杯したくなる。新しい燻製窯の成果も上々で、薄切りにされた大王牛の燻製は、特製ソースの味で何倍にも引き立てられ、友人二人は味覚の幸福に浸りきった。双方共、相手の内に話があるのだと感づいてはいたが、このひとときにそれは野暮と、あたりさわりのない日常の話題が食卓の上を行き交う。やがて、最後の黒茶のカップが並べられた。
先に促す形で口火を切ったのは、パシヴィルだった。
「……で、それだけではないだろう?」
木の実入りの焼き菓子を口に入れかけたフェルマイズが、片眉を上げる。
「それだけって?」
「ここに来た目的が、水石の礼だけでないと言う事だ」
「目的は水石の礼さ」そこで菓子を口に入れ、音を立てて噛み砕く。「言づけはあるがな」
パシヴィルの無言の内に言葉が続く。
「侯爵が、顔を見せろと」咀嚼を終えて呑みこみ、黒茶をすすってから、フェルマイズは相手を見据えた。「なぜ、来ない?」
向けられた怪訝な水色の瞳に、パシヴィルは何の反応も示さず、ただ黒茶に口をつけただけだった。その後に応えが来るはずとフェルマイズは待ったが、受け皿にカップが置かれても、友人の口はいつまで経っても開きそうにない。
「前回訓練所に来たのは二月前だろう? ああ、分かっている。その間仕事で遠出をしているとは聞いていた」焦れた口調が、沈黙を非難する。「しかし、半月前には帰国して、図書館にはちゃんと勤務しているそうじゃないか。だったらなぜ訓練所に顔を見せない。あれほど練習熱心なお前が」
しかし無言は尚も続き、瞳の水色が険しくなる。
「お前の替わりを侯爵が務めている」
その言葉に相手の視線が一瞬上がり、ようやく返ってきた反応にフェルマイズは肩をすくめた。
「私やラウィーザが束になった所で、後進の指導など出来るものか」再びきつい視線が向けられる。「奥様の事は、もう耳に入っているはずだな」
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