晩秋の来訪Ⅲ

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   そこで鋭い息がパシヴィルの口から漏れた。ゆっくりと片手が上がり、僅かに眉の寄った額に当てられる。 「ひと月前に倒れられたと」   「そう。あの時は、ちょうど侯爵も不在で大変だった」フェルマイズは探るように、友人を見詰めた。「不治の病だそうだ」    小さく息を呑む様子はあったものの大きな変化は無かったので、すでに承知していたのだろう。しかし、それは余計にフェルマイズを苛立たせた。 「時節柄、侯爵は王宮を休めまい。邸にいる間が奥様との貴重な時間だ。それをお前の欠けた穴を埋めるために、訓練所に」  拳が食卓を強く叩き、言葉を止めた。  握りしめた両手を見下ろす友人の表情に、激した様子は無い。だが彼の内を知るには、今の音で充分だった。フェルマイズはやはりと、喉元を固くした。この男の心をここまで乱す原因は一つしか考えられない。そして、今までの出来事と己の言葉の一つ一つが結びつきだし、思考の果てにたどりついた結論に、友人がこれから明かす言葉の一端を察したのだ。  フェルマイズは大きく息をつき、椅子の背にもたれた。 「――お前を責めるつもりじゃない」 「いや、悪いのは私だ」  低く言うと、パシヴィルは顔を上げた。 「場所を変えよう。酒が飲みたい」憐れむような相手の視線に苦笑して立ち上がる。「安心しろ。自棄ではないから」    姿勢を正し、もてなす主人らしく優雅に腕を伸ばして、客人を隣室へと促した。 「すまない。情けない事に、どうやら酒の力でも借りないと、言うべき言葉が出てきそうもないのだ」  悲愴な物言いにも拘らず、静かな面持ちはやはりそのままだった。  自棄ではないと言った通り、きっちり作法の守られた強い酒がグラスに注がれ、ソファに座るフェルマイズの前に差し出された。掌でグラスを包み込むと、芳醇な香りが立ち上る。高級なベオル酒をさらに熟成させて作られた竜酒の中でも、ひと際等級の高いものだと直ぐに分かる。 「この間、兄に貰った」  パシヴィルは肩をすくめたが、その意味はフェルマイズの推測を裏打ちするものだった。  
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