4人が本棚に入れています
本棚に追加
しかし、続くと思われた沈黙を、パシヴィル自身が破る。
「……夢のような一週間だった」己を鼓舞するように、傾けたグラスで唇を湿らす。「二人でどこへでも行った。いつも二人だった。手の届く傍に、いつも『彼』がいた……朝も、昼も、夜も……」
語られる一言一言が、まるで歌を紡いでいるようだった。この二十年間、密やかな夢の内に奏でられてきた歌だ。激情と静謐、悲嘆と歓喜、高揚と諦観。この時に至るまで、彼の心はどれほどの道のりを辿った事だろう。そして今、口から告白されるのは、見詰め続けた夢が、確かなものとなった束の間の出来事だった。
フェルマイズは彼の傍に立ったまま、思い出にほころぶ顔を見守った。
「好き勝手に歩いた末、善男善女の世界は一日で飽きたから、今度は怪しげな街裏を案内しろときた。おまけに闇競りでは目の飛び出る様な買い物をするし、闇賭博では“いかさま”をことごとく見抜いて、逆に仕掛ける有様だ」友人を見上げて苦笑する。「竜騎士が“いかさま”をしていいのか?」
それを言うなら、『彼』の言動の悉くが“いかさま”だらけだと思いつつ、フェルマイズは肩をすくめた。その“いかさま”によって、自分達は今こうしてここにいる。
「最後の二日間は外出せずに、宿に止まって過ごした。古書市から仕入れた本を横に積み、日がな一日読んでいた――ただずっと互いに寝椅子に腰掛け……傍に座って……」パシヴィルは目を閉じると、深く息をついた。「次第に肩が触れて……身が寄り添い、体の暖かさが伝わり――膝の上に頭が乗ってきたのには驚いた」
それでも為されるがまま本の文字を追い続けていると、ぱたりと『彼』の本が床に落ちた。銀の睫毛が伏せられ、無防備に立てられる寝息。あれ程恋慕った面影が眼前にあった。
ああ、とフェルマイズは口の中で呟いた。そうあってはもう、パシヴィルにはどうする事もできはしない。騎士の大剣も身に帯びず、命に対する絶対的な信頼を寄せられ、『彼』の肉体へ何ができるだろう。
“いかさま”だと思う。『彼』の常套手段だ。
しかし、パシヴィル自身が彼の元にいる事を選択した以上、それしか道は無い事も明白なのだ。
いや――と、フェルマイズは自らに問う。
最初のコメントを投稿しよう!