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これは本当にパシヴィルの選択なのだろうか。現に彼の心は奪われている。常に苦しみから離れられないのは、望みの叶わない関係から逃げ出す術を持たないからだ。そう、この男の望みは叶うことはない。竜騎士に触れる事は誰にも許されない。もし手を伸ばせば自分のみならず『彼』すら永遠に滅んでしまい、人の意志以前に世の必然として、成就は喪失と同義であった。一つしか選べない中で、それは選択したと言えるのか。
「フェル」
名を呼ばれて我に返ると、パシヴィルが微かに首を振っていた。
「これは、私が選んだことだ。逃げずに――選んだ。だから『彼』から受けるべき報いは受けている」
ただ、と、初めて彼の顔が嘆きに歪み、両手がそれを覆う。
「私がこの幸福の中にいる間に、何も知らないミティレネが倒れた……それだけが」
突然口にされた名に、フェルマイズは意表をつかれた。この男の琴線に触れるのは、『彼』だけだと思っていたのだ。一方呻きが上げられても友人の広い肩は何の動きも見せず、その名に関して露ほども窺わせなかった今までと同じだった。
パシヴィルとミティレネの間に何があったのか知る由もない。ただ、彼らが真正面から心中を向き合わせたのなら、強い軋轢が生じたであろうことは予想ができた。竜騎士の妻と彼を想う男。
そこで、ふと思い当たる言葉が浮かぶ。その時はうわごとだと聞き流していたが、こうして友人の告白を受けた今、ようやくその意味が察せられた。倒れたミティレネが僅かな意識の中で呟いた言葉。
――本当に言付かったことは、これか。
フェルマイズは、ここにきた真の目的を悟った。膝をつき、顔を覆う友人の手に触れる。
「パシヴィル」
呼びかけに上げられた顔に、もう嘆きは見えない。ただ生気のない無表情に、暗い瞳が光も無く澱んでいた。
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