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冷たい風が頬を撫でた。
それまで読んでいた本から顔を上げると、秋の弱々しい陽を受けたカーテンが揺れている。小春日和の暖かさに窓を開けていたが、いつの間にか影も長くなっていたようだ。椅子から立ち上がったパシヴィル・ヨナ・トリスデンは、窓辺へ歩み寄り、テラスの向こうに広がる晩秋の林を見やった。落葉樹はほとんど葉を落とし、重なる梢越しに早くも宵の気配を漂わせている。再び風がそよぎ、運ばれた枯れ葉が足元で小さな音を立てた。
と、馬蹄の響きが次第に近づいてくる。
「きたな」
パシヴィルは頬を緩ませながら呟いた。
いつものように蹄の音は表玄関を素通りし、この庭へ回り込んでくる。小道が通るチェアリの大木へ目を向けた途端、騎馬が姿を現し、テラスに立つ館の主人の元へ向かってきた。
「パシヴィル! 見てくれ!」
外套の裾を翻した乗り手が、馬の止まらぬ内に飛び降り、喜色を露わに駆け寄ってくる。
「見てくれ! こうなった!」
栗色の長髪を掻きあげて、突きつけられた耳には、緻密な銀細工についた水色の石が揺れていた。満足そうに微笑んで、パシヴィルが頷く。
「いい出来じゃないか、フェル。思った通り、お前の瞳と同じ色だ」
「いや、本当にありがたいよ。こういうのが欲しかったんだ」
フェルマイズ・ヤン・リーデは嬉しさの余り、相手の肩に腕を回し大きな音をたてて口付けした。
「やっぱり持つべきものは友だな」
「友なのか?」
苦笑しながらパシヴィルは口付けを返すと、首を傾げた。
「しかし、お前が耳環を新調すると言っていたのは、随分前じゃなかったか?」
「新調。そうなんだ。そう思っていたんだが……」
そうだ、とフェルマイズは振り返り、放ったままの馬に駆け戻った。鞍に下げていた一抱え程の袋を取り外す。
「貧乏貴族なので、燻製窯を新しく作ったら金が足らなくなってしまってね」
「その袋の中身は、当然燻製なんだろう?」
「当たり」
袋の口紐が解かれ、顔を寄せたパシヴィルは頷いた。
「うん、いい香りだ。今夜のメインディッシュはこれを頂こうか」
フェルマイズが済まなそうな視線を送る。
「水石の見返りとしちゃ、安くて悪いのだが……」
しかし相手は、一層深くした笑みと共に来訪者の細い背に手を添え、屋敷の中へと誘った。
「お前の料理の味は、いつでも最高の見返りだ」
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