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小鍋にソースを作り、トリスデン家の執事に盛り付けの指示をしてから、フェルマイズは厨房を後にした。いつも寛ぐ居間に主人の姿は無く、どうしたものかと考えていた所へ、召使いの少年が声をかけてくる。
「サンルームの訓練場で、お、お待ちしてるとの事です」
我が家のように知り尽くした屋敷ではあるが、見事な赤毛の少年は初対面だったので、フェルマイズは先導する彼の後をついて行った。
「君は最近入ったのかい?」
「はい、半月前ソリューレモから、こっち……こちらへ」
「ソリューレモ? へえ、ふうん」
小姓姿もまだしっくりしていない少年の口振りはたどたどしく、名前を問うとマールですと答える。ふさふさとした髪の陰に、見え隠れする尖った耳。
「初めまして、マール。私は……」
「知って……ええと、存じてます。フェルマイズ・ヤン・リーデ卿、御主人様の古いご……友人とお聞きして、います」
「ああ、そう。御友人、それ」
フェルマイズは頷き、口の中でそんなものだなと呟いた。
南廊下の突き当たりにサンルームがあるが、通常より広いのは主人の自主訓練場を兼ねているからだ。日暮れて煌々とした明かりの中、パシヴィルが剣の素振りをしている。頭を下げて退出する少年に手を振り、フェルマイズは手近な椅子に腰掛けた。
「小姓を置いたのかい? 可愛い子だな。獣人が入ってるようだが」
「ああ、狐がな。実家から、召使いの行儀作法を教えてくれと頼まれた」剣の動きを止めずに頷いた主人が、ちらりと目を向ける。「手を出すなよ」
「私が!?」心外とばかりに見開かれる水色の瞳。「私が子どもに手を出す訳がないじゃないか。第一獣人は趣味じゃない」
「そうなのか?」
いささかの狂いもない剣の型を繰り返しながら、パシヴィルは言葉を継いだ。
「いや、そうだったな……悪かった」小さく笑う。「ここの所、例の伯爵夫人との派手な浮き名が流れていたからさ」
「ああ、あれか」フェルマイズは腕を組んで、椅子の背に体を反らせた。「彼女も結構面白い御仁だったが、他に良いお相手ができて、先だって振られてしまったよ」
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