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だが真相はその逆だと、パシヴィルには分かっている。表向きには振られるばかりの名を馳せているが、その実別れ話はいつもこの男から持ち出しているのだ。女性に決して恥をかかせないためか、ラスタバン社交界において、フェルマイズ・ヤン・リーデの名は、そのゴシップの数にかかわらず結構評判がいい。
もっとも、それは相手を慮った故でなく、後々の面倒を避けるためである。この程度の汚名は、彼にはどうでも良い事なのだ。
パシヴィルの空を切るサーベルと足捌きが徐々に早くなり、型の動きも複雑さを増す。もう数十種はこなしているだろうか。
しばらく見守っていたフェルマイズは吐息を漏らした。
「相変わらずこれを毎日しているのか? 律儀なものだ」
「……こんな事しかできないからな」
両刃のサーベルを縦横に振りながら返ってきた答えに、笑い声が上がる。
「知識の殿堂、王室図書館の副館長殿がご謙遜を」
「本の番人に知識があるとは限らないさ」
しかし、彼が竜法院で臨時講師を務めるほどの学者である事実は、知る人は少なくとも紛れもなかった。本来、パシヴィル・ヨナ・トリスデンという男は、学問や武術においてもっと華々しく名が知られてしかるべき傑物である。それが四十を幾つか過ぎた今を以て、世に出ることはない。
そのすべては『彼』の故だった。フェルマイズは友人の向こうに、銀の姿を思い浮かべる。『彼』に捉われる人間は少なくない。自分もその一人だ。しかしこの男の『彼』への想いは――
『彼』を仲立ちとして二人が知り合ってから、間もなく二十年になろうしていた。
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