晩秋の来訪Ⅱ

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   溜息をついたフェルマイズの胴着とシャツのボタンが外され、胸の素肌を慣れた手が探りだした。   「だったら、私も辞めるかな」思案しながら首を巡らせた時、思いもよらないものを認めてフェルマイズは目を瞬かせた。おい、と肩を叩く。「ここでは止そう」  パシヴィルが顔を上げると、サンルームの入り口で目を丸くした狐少年が、魚のように口を開け閉めさせた末に報告した。 「あの――あのお、お、お風呂の用意ができました」    トリスデンの屋敷は貴族の中でも質素な造りであったが、風呂場だけは生国に倣って比較的贅沢に作られていた。風呂と言っても蒸し風呂で、大人十人はゆったり座れる広さがあり、他の仲間と一緒に興じる事もある。中心に置かれた焼けた石へパシヴィルが水をかけると、派手な音を立てて蒸気が上がった。熱い湯気に全身を包まれ、フェルマイズは思わず気持ちの良い息を大きく漏らした。 「これがあるから、お前の無茶にも付き合えるというものだ」 「今度訓練所にも作ろうと侯爵が言っていたぞ」パシヴィルが可笑しそうな顔を向ける。「若い者が訓練好きになるだろうとかで」 「そうなのか?」友人は目を輝かせて身を乗り出した。「それなら今辞めるのは考えものだな。ここより訓練所の方が遥かに通い易いし」 「訓練所より保養所になりそうだ」  にやにやと皮肉を言いながら隣に腰掛けた相手の肩口に、フェルマイズは拳骨をかました。 「私はまだ四十になってないぞ」 「すぐだ。あっという間」 「ふん」拗ねて逸らせた目を石の下の燃える火に向け、その赤い色から連想が及ぶ。「あの子は、ん――叱られたのだろうな」 「ああ、おそらく執事にな。主人の閨房に関して、召使は気が回らなくてはいけない」 「閨房と言ってもなあ――あそこはサンルームだったし。まさか御主人様が、古い御友人とあんなことをしてるとは思ってもなかったろうし」ちらりと水色の視線を向ける。「普段は御婦人の影も見えない、品行方正の生活振りだろうし」  『御主人様』は薄い笑みを返した。 「何にせよ、トリスデン家へ奉公に上がるからには、それなり聞かされていたはずだ」 「ソリューレモのトリスデン家か」
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