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フェルマイズは一、二度しか行った事が無いが、南街道では広く知られている名家である。文武に優れ、各諸侯へ名臣として仕える者が多く、パシヴィルも若い頃、ラスタバンに武官としてやってきた。ただ就いた職が図書館員という官吏のためか生家と軋轢が生じ、今は絶縁状態が続いている。それでも向こうが完全に縁を切らないのは、前当主お気に入りの末子だということと、『彼』との親しい関係を重要視しているためだ。
一方でトリスデン家の文武を越えた才能は、その閨の関係をも指して揶揄されている。つまり相手に男女を選ばない事。代々伝えられるこの家の名士は、能力の豊かさに比例するように多くの愛人を持っていた。
しかしパシヴィルには未だに妻はおろか、異性同性の恋人すらいない。若い頃、『彼』に奪われた心には、他の何者をも入る隙が無かったからだ。
「ふうん」
フェルマイズは蒸気でのぼせる目を友人に向けた。自分とこの男はどういう関係なのだろうかと時折思う。
――恋人? 愛人?
それにしては会っている時はともかく、離れている互いへの温度がやけに低い。現にこうして顔を合わせたのは二月振りだ。しかも前回は訓練所内で、家への訪問となると半年前に遡る。『古い御友人』。やはり、そんなものかとぼんやり思っていた所へ、揺れる炎を見詰めていたパシヴィルが、いきなり低く言葉を発した。
「ソリューレモに行った」
ゆっくり振り返る顔には、似つかわしくない引きつる笑みがあった。続く声は微かに震えてさえいる。
「『彼』とだ。二人きりで行った」
フェルマイズは眉を寄せた。
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