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「おい見ろよ、キンさんギンさんだぜ」
その声は、唐突に聞こえた。
決して大きな声ではなかったけれど、妙な不快感を感じて耳についた。
声の出所は、俺の背後だ。
数人でけらけらと笑う声が、食堂のざわめきの中でもはっきりと聞こえる。
決して人を褒めるような発言でないことは明らかだった。間違いなく誰かを嘲るような言葉だ。
そのせいで、何だか振り返るのが怖いと思った。
でも、
それ以上に怖かったものは…
「……おいお前等、今何て言った…?」
目の前に座る、七瀬先輩だった。
今のは幻聴だろうか?
いや、今のも背後から聞こえた声の一つだ。きっとそう……!!
と、思いたかった、けど。
確かに、どすのきいた低い男の声が、七瀬先輩の口から吐き出された瞬間を俺は目撃してしまった。
思わず、身体が硬直した。
何より、七瀬先輩の顔が…鬼のようだった。
「…おい、落ち着けよ」
三神先輩が七瀬先輩の腕を掴んだ。それでも七瀬先輩の形相は変わらない。
「その名前で呼ぶなって何度言ったらわかんだよ、カスが」
また、出た!七瀬先輩のものとは思えない低い声。しかも口が悪い!これは一体、どういう事だろう…。
「うーわ、怖。今の聞いたか?あんなナリして中身はあれだぜ」
そんな先輩にも動じない様子の声が、再び背後から聞こえた。ちらりと横目で覗いてみると、たぶん男子生徒が四人。見るからに、"不良"という風貌だった。
空気があまりに冷たくて、背筋が凍り付きそうだ。
これはまずい。
その時、ガタリという音と共に机が揺れた。
驚いて視線を前へ戻すと、鬼のような七瀬先輩が、既に戦闘体制に入っていた。
「それ以上言ったら、まじ殺す」
こ、殺すって…!これは、まさかの乱闘騒ぎになるのだろうか。いや、そんなまさか。不良が相手とはいえ、対するは七瀬先輩だ。七瀬先輩が乱闘なんて考えられない。
考えたくない。でも
「何だよやんのか?来いよ、女装野郎」
その一言が放たれた瞬間、恐れていた事が、現実になった。
ガシャーン!!!!
激しく食器が転倒する音と共に、目の前が真っ暗になった。
今まさに、乱闘が起ころうとしている。
俺の、目の前で。
「やめろよ!!食堂内だぞ!?落ち着け!!!」
声を張り上げたのは三神先輩だ。
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