乾いた日々

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 食事を取り終え、自室に戻ってからも食堂でのことを思い出していた。あの女は俺を人間としてみていない。愛情や優しさが篭っていないとはいえ美優を人として認識している。しかし、俺に対してはまるで関心がない目を向ける。こちらが言葉を発した時だけは、唯一感情を込める。しかし、敵意以外の感情を感じたことはない。最近は名も呼ばれない。 倉橋葵にとって俺は跡継ぎという存在でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。 この倉橋家には莫大な資産、大勢の使用人、高価な調度品など周囲に権力を示すものはたくさん存在する。その代わり、他の家庭大多数が持っているものはここにはない。 「家族ってなんだろうな。」 誰に話しかけるのでなく天井に向けて放った言葉は広い自室に溶け込んでいた。途端に天井に施された装飾が忌々しく感じてくる。欲しいものは豪華な家ではない。普通の家族が欲しい。このような環境でなく一般家庭の倉橋家に生れ落ちていたなら父や母、妹と仲良く過ごしているのだろうか。休日には遊びに出かけたり、小さな食卓を囲んで皆で食事を摂ったりすることが当たり前であったのだろうか。 「拓人様、そろそろ政治学のお時間です。」 ノックに続いて扉越しに聞こえる使用人の声で現実世界に引き戻される。 いや、そのような世界を望んでも仕方がない。 自分は、日本を代表する倉橋家の長男であり跡取りだ。あの女所長が統べる刑務所で命じられることをこなす囚人なのだ。 「今、行く。」 足枷の付いた重い足を引きずり、牢獄を後にする。
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