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「あ、あの・・・あ!待ってください!」
校舎へ戻る扉に手を掛けていたところで、後ろから大きな声が響いた。拓人は振り返り、女子生徒の目を真っ直ぐと見た。距離は既に10メートルは離れていたが、女子生徒の目が潤んでいることが分かる。なぜ目を潤ませるのかさっぱり分からない。むしろ、目を潤ませたいのはこちらだ。あぁ、面倒くさい。
「先生からの用事だと騙してこんな寒いところに連れ出し、話す内容はどうでもいい話。挙句の果てには連絡をよこせとは。人を馬鹿にしているにも程がある。」
女子生徒が一瞬体を震わせたように見えた。これでまた陰であることないこと騒がれるのだろう。俺は至って普通の思考回路をしているはずだ。校内でも異質なものを扱うような対応はやめてくれ。
「すみません、気に障ったのであればお詫びを・・・」
「まず、誰だよ。会った覚えもなければ、話した記憶もない。知らないよ。」
頭を下げられた時から抱いていた疑問をようやく口に出せた。『この間』ということは会ったことがあるのだろうか。それとも食事に誘うための嘘か。よくよく考えれば、会ったことがあるかないかはどうでもいいか。右手で握っていたドアノブを右回りに回して校内への扉を開くと、温かい空気が流れ出てきた。長時間換気されていないのか、校舎中の空気は淀んでしまっている。普段ならこの生暖かい空気の中に入ることに躊躇するが、今なら喜んで身を投じられる。訳の分からないことを言う人と寒い空気に接するよりは数倍ましだ。
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