夕暮カタストロフィ

4/12
前へ
/14ページ
次へ
『貴方はだあれ?』 少女は虚な表情で僕に問いかけた。 透き通った声。ぎゅう、と胸が苦しくなる。 「あ…………中野……真……」 しどろもどろになりながら自分の名前を告げた所で、彼女がそんなことを聞いている訳ではないと気付いた。どちらにしても答えようがなかったのだが。 君は誰? どうしてここにいるの? 君にも世界がおかしく見える? それとも僕がおかしいの? 世界は一体どうしてしまったんだ? いろいろな疑問が頭を駆け巡って。 その結果彼女に言った言葉は。 「あの……おかしくなったみたいだ」 一体僕は何を言っているのだろう。 しかし支離滅裂な僕を見て、少女は微かに笑った。 『そうだね、おかしいね』 そう言った彼女の虚だった表情に僅かに生気が戻った気がした。 『私は黒羽(クロハ)』 彼女はそう言って僕に近付いてくる。 『皆いなくなってしまったはずなの。もうすぐ終わってしまうから。どこにも逃げられやしないのに』 いつの間にか黒羽はすぐ目の前に立っていた。僕の鼓動が聞こえてしまいそうな程に。 漆黒の瞳は僕の目をしっかりと見据えている。 『だからきっと。貴方はここに居るべき人間ではないのよ』 そう言って彼女はコートのポケットから小瓶を二つ取り出した。小さい物と大きい物。中に透明な液体が入っている。 『私の御守り』 そして小さい方の小瓶を僕に差し出す。 『これを飲んで家に帰って。例えそれが貴方の知っている姿でなかったとしても大丈夫だから。そうすればきっと、貴方は元に戻れるよ』 しかし僕は受け取ることができなかった。脳が状況を理解できず上手く反応してくれないのだ。 『帰って』 促されたが僕は微動だにできない。呼吸の仕方さえも忘れてしまいそうだ。 帰る? これは何? 君は? ここは? 僕は僕はーー 混乱による眩暈で一瞬視界が霞んだ。 その瞬間、柔らかい何かが唇に触れた。 黒羽が僕に口づけていた。 液体が僕の喉を通っていくのを感じる。 数秒の後、彼女は僕から離れた。 その表情に変化は見られない。 「あ……あ……」 情けなく声を絞り出す僕に、大丈夫?と黒羽は尋ねた。 彼女の手の中にある空になった小瓶を見て、ようやく彼女が中身を口移しで僕に飲ませたのだと理解した。 『だけど』 返事を待たずに彼女は話を続ける。 闇のような瞳が僅かに揺らいだように見えた。 『もしも会いたいと思うなら、会いに来てくれるなら』
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加