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『貴方はだあれ?』
少女は虚な表情で僕に問いかけた。
透き通った声。ぎゅう、と胸が苦しくなる。
「あ…………中野……真……」
しどろもどろになりながら自分の名前を告げた所で、彼女がそんなことを聞いている訳ではないと気付いた。どちらにしても答えようがなかったのだが。
君は誰? どうしてここにいるの?
君にも世界がおかしく見える? それとも僕がおかしいの?
世界は一体どうしてしまったんだ?
いろいろな疑問が頭を駆け巡って。
その結果彼女に言った言葉は。
「あの……おかしくなったみたいだ」
一体僕は何を言っているのだろう。
しかし支離滅裂な僕を見て、少女は微かに笑った。
『そうだね、おかしいね』
そう言った彼女の虚だった表情に僅かに生気が戻った気がした。
『私は黒羽(クロハ)』
彼女はそう言って僕に近付いてくる。
『皆いなくなってしまったはずなの。もうすぐ終わってしまうから。どこにも逃げられやしないのに』
いつの間にか黒羽はすぐ目の前に立っていた。僕の鼓動が聞こえてしまいそうな程に。
漆黒の瞳は僕の目をしっかりと見据えている。
『だからきっと。貴方はここに居るべき人間ではないのよ』
そう言って彼女はコートのポケットから小瓶を二つ取り出した。小さい物と大きい物。中に透明な液体が入っている。
『私の御守り』
そして小さい方の小瓶を僕に差し出す。
『これを飲んで家に帰って。例えそれが貴方の知っている姿でなかったとしても大丈夫だから。そうすればきっと、貴方は元に戻れるよ』
しかし僕は受け取ることができなかった。脳が状況を理解できず上手く反応してくれないのだ。
『帰って』
促されたが僕は微動だにできない。呼吸の仕方さえも忘れてしまいそうだ。
帰る? これは何? 君は? ここは?
僕は僕はーー
混乱による眩暈で一瞬視界が霞んだ。
その瞬間、柔らかい何かが唇に触れた。
黒羽が僕に口づけていた。
液体が僕の喉を通っていくのを感じる。
数秒の後、彼女は僕から離れた。
その表情に変化は見られない。
「あ……あ……」
情けなく声を絞り出す僕に、大丈夫?と黒羽は尋ねた。
彼女の手の中にある空になった小瓶を見て、ようやく彼女が中身を口移しで僕に飲ませたのだと理解した。
『だけど』
返事を待たずに彼女は話を続ける。
闇のような瞳が僅かに揺らいだように見えた。
『もしも会いたいと思うなら、会いに来てくれるなら』
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