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カタカタと乾いた音が質素な部屋に反響する。
明かりは沢山のメモリが接続されたパソコンの、デスクトップのスクリーンから零れる光だけだ。
光はパソコンの前に座る男性の影を黒く大きく壁に投影していた。
タン、と小気味良い音を立てて、エンターキーが押される。
「長かった……」
パソコンの前に座る男性は一つため息を付き、固まった身体から力を抜いた。
デスクトップに映し出されているのは長い長いプログラムのソース。
今は不具合が無いかチェックするデバッグシステムが動いている。
しばらくパソコンのファンが回る音だけが部屋を支配した後、画面にはデバッグが正常終了した旨が表示された。
それを見た男性は、思わず口の端を吊り上げる。
そして―――迷わずプログラムを起動した。
ハードディスクが唸りを上げて処理を開始し、連結しているメモリも次々に熱を放つ。
あっという間に温度が上がった部屋で、男性は写真立ての前に置かれた赤いワインを手に取った。
「これは、お前が成人した時のために取っておいたものだ」
男性は、まるで写真立てに語りかけるように呟く。
写真立てに収まる写真に写っているのは、今より若い男性と少女と女性の3人。
「もうそれも叶わない。だから、漸く来たこの時に」
男性はワイングラスを3つ並べるとワインの栓を開け、それぞれのグラスに注いだ。
綺麗なロゼ色の液体が、パソコンの光を反射してキラキラと輝く。
それはまるで、男性を称えているようだった。
「乾杯」
チン、と澄んだ音が部屋に反響し―――消えた。
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