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卒業パーティーが終わっても中学生はまだ盛り上がりが冷めていなかったけれど、小6のメンバーはそそくさと帰ってしまった。
私は帰ろうとするミアとハルナを引き止めようとしたが、お構いなしに出て行ってしまう。
もうちょっと余韻に浸ってたいのになぁ…。
先生たちと喋りたいし…。
でもひとりだけ中学生の中に入っていく勇気もない。
仕方ない、帰ろう…。
と思って塾を出ようとしたそのときだった。
「蒼井!」
振り返ると、エンドゥーがいた。
その日のエンドゥーの服装は、以前「似合うね」と褒めたらお気に入りだと言っていた、深いワインレッドのワイシャツ。
腰の鍵たちがシャランと音を立てる。
ああ、やっぱり先生はワインレッドが似合うな。
「どうしたの?」
「歌ってあげられなくてごめんな。ギターは持ってきてたんだけどさ」
「えっ…」
まさか本当に、歌ってくれるつもりだったなんて。
ううん、それが先生だ。
先生はいつだって誠実だった。
約束は必ず守る人だもんね。
「その代わりと言ったらアレだけど、これ」
そう言って薄い箱を差し出す先生。
許可をもらって開けてみると、夏期講習のときに撮った写真が入った写真立てだった。
写真と言ってもクラスで撮ったわけではなく、エンドゥーのイタズラ心で大きめのダンボールに「小6受験クラス 猛特訓中!」とチョークで書いた看板チックなものの写真。
先生は心底申し訳なさそうな顔をしている。
そんな顔しないで、先生。
気持ちだけで十分なんだよ。
「本当にいいの?ありがとう、先生!嬉しい♪」
出来るだけ笑顔で答えたつもり。
先生にそんな悲しい顔してほしくないもん。
私がお礼を言ったあとの先生の表情はよく覚えていない。
もしかしたら、直視しづらくてちゃんと見ていなかったかもしれない。
今思えば、先生が歌わなかったのは、野川のためだったんだと思う。
野川は私と同じくらい先生のことを気に入っていた。
先生を真似て髪を伸ばしてたくらい。
真っ直ぐな先生のことだ。
小6受験クラスにとってだけでなく、先生にとってもまた、野川の結果は悔しいものだったに違いない。
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