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佐伯香織と俺の出会いは大学1年の1月だった。
後期試験も中盤に差し掛かり、2限しか試験のなかった俺はいつものように足早に校門に向かっていた。
「ねぇ。」
後ろから誰かが誰かを呼び止めようとする声が聞こえた。
振り返らなくても、俺を呼ぶ声ではないとわかる。
俺はこの約1年…いや、中学からの7年、家族以外とは会話らしいものをしていない。
いじめられていたわけではない。
ただ、誰も俺の事を認識していなかっただけだ。
後1歩で校門を出るという時に、俺は誰かにリュックサックを引っ張られ動きを止められた。
振り返るとそこには、息を切らせた女の子がいた。
「さっきから…呼んでるのに…。」
俺は何も言えず、女の子を見ていた。
「水曜…1限の加藤教授の授業…取ってるよね?今日、1時から追試があるって。」
息を整えながら、女の子は俺に向かって喋っていた。
何年も他人と喋っていない俺は声の出し方も忘れたように、ただ無表情で女の子の言葉を聞いていた。
「あの教授、抜き打ちで追試やる事で有名なんだよ。ちゃんとチェックしてないと単位もらえないよ。間に合ってよかった。今回は全員追試らしいから。」
女の子は一気にそう言うと、返事も出来ない俺を置いて走って校舎の方に戻って言った。
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