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「姫、お待たせ申した。
さ、こちらにござる」
案内された部屋は、当時珍しかった畳が敷き詰められ、そのい草の良い香りがさわやかな、明るく感じのいい部屋であった。
「こちらが姫の居間になりまする。
祝言まで、まだ刻限がござりまする。
ごゆるりとお休みなされませ。
後ほど、迎えの者を寄越しますゆえ」
政秀はなにやら落ち着かない様子のまま、そそくさと今歩いてきた廊下を戻っていった。
「やはりわたくしの勘はあたっていそうよ」
「姫、おつつしみなされませ。
ここは稲葉山のお城ではござりませぬ。
まわりは皆敵。そうご自覚なされますよう」
いかにも世話役らしい意見に帰蝶は少し寂しげに、
「各務野。
わたくしは尾張に嫁いだからといって大人しゅうしているつもりはござりませぬ。
お父上もわたくしらしゅう生きよと申された。
大人しゅうして人質になるつもりもありませぬ。
わたくしはあの蝮の道三に育てられた。
この自信を持たずしては、ひと時もこの城に留まっておれませぬ。
わたくしとて、怖い。
震えも止まりませぬ…」
「おおっ!
お許しくださりませ。
あまりにも姫が落ち着かれておられたゆえ…」
「心細そうに見えなんだか?」
「はい」
帰蝶の顔に晴れやかな笑みが浮かんだ。
本当にこの姫には笑みがよく似合う。
「信長どのは飾られぬお方じゃ。
祝言当日でも敵国から来た私を欺こうとせず、普段のまま振る舞われる。
ならば、わたくしも普段のままでおるだけのこと。
この先共に暮らしてゆく者同士、飾ってもいつか化けの皮が剥がれるというもの」
「姫さまらしゅうござりまするなあ」
あきらめ顔の各務野にもう一度微笑んでみせた。
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