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つい先ほど、隣国尾張より客を接待したばかりであった。
庭を眺めている表情は、複雑な胸の内を表しているのか、苦渋に満ちていた。
「あれをいよいよ使うか…」
誰に聞かせるでもない独り言で決心がついたのか、手を鳴らし侍女を呼び、使いを出した。
しばらくすると、何やら廊下を走る軽やかな足音と、それを追いかけるようにして諌める声が聞こえてきた。
道三が振り返ると同時に若い娘が飛び込んできた。
「父上様!」
今にも年老いた父親に飛び掛かりそうな姫だったが、道三のいつもとは違う厳めしい顔に出会うと、急に居住まいを正して、大人しくその場に座った。
そんな愛らしい仕草につられて、普段あまり柔らかい表情を見せない道三の顔が思いっきり緩んだ。
世間にその名が知れた大悪人である。
その道三が、どういうわけか、この末姫に寄せる愛情は計り知れなかった。
自らの手で一から十まで養育した。
およそ、女子のすべき事はもとより、武芸に至っては道三が女子にしておくのがもったいないと嘆くほどの上達ぶりを見せた。
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