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帰蝶はというと、花嫁らしく座していたが、この広間の様子を冷静に見極めようと気を配っていた。
どうやら信長は家臣に嫡男として認められていないようである。
土田御前の隣には貴公子ぶりが目に付く、弟の信行が座している。
帰蝶はなるほど、と思った。
出来の悪い嫡男に出来のいい弟。
勢力が二分するのは目に見えている。
「姫、ご覧の通りじゃ。
我が倅は神出鬼没でな。
一度見失うとどこへ行ったか分からぬ。
祝言は延ばそうかの」
信秀が帰蝶の前に進み出て、そう告げた時である。
廊下のほうが急に騒がしくなった。
ドタドタとすごい足音に、それを追いかけるような声。
「お待ちくださりませっ!
祝言にござりまするぞっ!」
「うるさいっ!
蝮の娘を貰うに、着飾れるかっ!」
「吉法師さまっ!」
ダンッーーー
信長が太刀を床に打ちつけた。
反射的に帰蝶は顔をあげた。
異様な恰好だった。
伝え聞いたものなど、かわいいものだった。
現実に目の当たりにすると、さすがの帰蝶も気が遠くなった。
茶筅のような髷はぴょーんと天に向かって立ち、帷子はこの寒さの中でも片袖脱ぎ捨て、帯のような荒縄にはいくつもの袋がぶら下がっていた。
「信長じゃっ!
見知りおけっ!」
声は幾分高かったが、その大きさは並ではなかった。
思わず、びくっと身体を震わせたが、そこは気の強い帰蝶である。
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