懐古

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"また痩せた"。 英国留学から帰国し、久々に伊予松山にやって来た私は、彼に会って第一にそれを思った。 縁側に座して庭を眺めている彼は、戸口にぼんやりと佇んでいる私を振り返って笑顔を見せた。 「やあ、夏目。待ってたぞ」 ああ、と短く言葉を返し居間に上がる。久々の再会に彼は相好を崩した。 「久しぶりだな。元気にしていたか?」 「君に健康を心配されるほど、僕は病弱ではないよ」 「はは、それもそうか」 カラカラとその屈託無い笑い方は、本当に死病を抱えた人間なのかと不思議に思う。正岡常規。幼名、升。またの名を、俳人・正岡子規という。 「創作活動は順調か、正岡先生」 「先生はやめてくれよ、居心地が悪い」 彼は苦笑した。 「君こそ、英国留学はどうだったよ」 「…それを聞くのか?」 今度は私が顔をしかめる番だった。 「俺はお前が松山に傷心旅行に来ていると聞いたが?」 「ああ、全くその通りだが、傷心旅行というのはいただけないな。それではまるで僕が英国で失恋でもしたようじゃないか」 「違うのか?」 「10割方ね」 「完全に、か」 彼は至極愉快そうに笑い、やがて首をかしげた。 「英国で何があったんだ?」 私は一瞬頬を引き攣らせ 「……自尊心の損失」 呟いた瞬間に彼が吹き出した。 「何故笑う」 「いや、すまんね。お前は予想を裏切らんなと思って」 「なに?」 訝んで聞き返せば、彼は物凄い引き笑いで続け。 「大方英国で言葉の壁にぶち当たったか。ないしは、お前の英語をあまり頭の良くないと思われる人物に間違いを指摘された……そんなところか」 私は暫し目を見開き――やがて 「………君は読心術でも身に付けているのか」 「ははっ、俳人をなめてくれるな」 からからと笑う彼に、渋い顔で「恐ろしい奴だ」と吐き捨てた。彼はそんな私を面白そうに見ていたが、不意に 「――"目"だよ、夏目」 「は?」 目…とは何ぞ。首をかしげると、彼は続けた。 「目は俳人の命だ。この目がすべてを切り取るんだよ。本質を見抜く目は、俺の唯一の武器だ」 「だから僕1人を看破することなど容易い…と」 彼は苦笑した。言葉にはしなかったが、それは確かに肯定の合図だった。私も1つ溜め息をついてから同じ顔で笑った。 「君には敵わんな」 他の人間に同じことを言われたら、私はきっと憤慨するだろう。しかし、彼の言葉は面白いほどに染み渡っていた。
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