懐古

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++++++ 東京に帰って暫くした後。彼が亡くなったと風の噂で聞いた。 不思議と涙は出なかった。ただ煙管をふかしながら、私はぼんやりと彼の言葉を思い出していた。 「"無法でたくさんだ"」 書きたいから書く。それが文学だ。やりたいからやる。理由なんか、それで充分なのだ。 そうさ、 "無法でたくさんだ"――。 私は何度もその言葉を繰り返し―――やがて机に向かってペンを取った。 爽やかな風が通り抜け、散らばった原稿が踊った。 庭の池で、蓮の花が一輪。まるで彼が笑うように、さらさらと揺れていた。 彼の姿は、未だ私の中に消えずにある。 ++++++ 『親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている――』 この文句で始まる物語を、夏目漱石は僅か1週間で書き上げたと言われる。 正岡子規の死から4年後の1906年『ホトトギス』に発表されたこの物語は現在でも多くの読者に愛され――その題を『坊っちゃん』と言う。           終
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