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「それでは、お先に失礼します。おやすみなさい。」
「ええ、おやすみなさい、エル。」
虚しい挨拶。贅沢な感想だろうか、それに返してくれたのは母上だけだった。母上もそれに気付いたようた。
『心配なさらないで下さい。』
この一言が言葉に出せたなら。たったそれだけの気遣いを声に出せない事を情けなく思う。しかし、それは絶対的な自信がないと言えるはずがないのだ。
周囲からの目を変えること───それはどれだけ先のことになるのだろうか。適当なことを言って母上をぬか喜びさせたくはない。
「…………いや。」
もしかすると……ただ考え過ぎているだけなのかもしれない。
俺は自分の異変に気付き、部屋へと向かう途中で立ち止まってしまった。
「ああ…….そうか。」
わかった。俺がこんなにも前向きに行動できる理由。
母上だけじゃない。父上、そしてアル、そして俺達を世話する使用人。俺はこの『家族』が愛おしいんだ。
なるほど、気付かないはずだ。前世の俺には家族なんて存在は居なかったのだから。自然と大切に思ってしまうこの気持ちには納得がいく。
「エル・ソルトか………」
嫌われた存在だが、それでも頑張って行ける気がする。きっと自分を変えたいという気持ちは前世の時から持っていたのだろう。この魂の転生が良いきっかけとなったのだ。
「くく………」
足を踏み出してみると、先ほどよりも足取りが軽くなっているように思えた。
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