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電気の消えた教室。夕暮れの空の光だけが差し込んで、薄暗い。
机の上に浅く座って、にぱっと笑ってみせる彼――冬樹に、私はそんな、意地の張った返事をしてしまう。
彼のいる席に向かって歩いていく。よく考えればそんな必要は無かったけれど、歩き始めた足は止まらなかった。
手を伸ばせば触れ合う距離についた私に、冬樹は「そうかな?」なんて笑顔で言って。ふいに視線を外したこちらを覗きこむようにして笑った。
微笑むというには荒っぽい、いたずらっ子のような笑み。
「気のせいです」
後椅子に座るのはやめなさい、と出席簿で頭を叩く。ワックスだかスプレーだかで固められた、今時ヘアーはふんわりと元の形に戻った。
「はーい」
冬樹はくすくす笑って椅子から降りる。どうしてくれよう、この男。
冬樹の背は高くて、少し見上げる形になる。
彼の背丈で、私の視界に影が差す。
まっすぐな視線。目を合わせるべきだと思うのに、どうしてか私の視線は斜め下に俯いてしまう。
「それで、何の用?教師を携帯で呼び出すなんて普通しないわよ?」
それをいうならきっと、教師のメアドを知ってる高校生もそういないけど。
教えて?
と。
にっこり笑顔で言われたときに、なんでか断ることが出来なくて。
「何だと思う?」
一歩、冬樹が前に出て、私は思わず半歩、後ずさる。
「な、何よ?っていうか、なんで近づいてくるの」
「最初に近づいてきたの、センセーだから」
心底楽しそうに言う。
ごくりと無意識に喉が鳴る。
ドキドキと急ぎ始める私の心臓。
「わ、私が?いつ?」
喉が渇いて、口紅を慣らすように唇を動かした。
彼が一歩、また進む。私が半歩、また下がる。
そのとき、ふいにスリッパがずるりと滑って、ひゃ――と思わず声がでた。
一瞬の浮遊感。心臓が止まる。思わず息を止め、ぎゅ、ときつく目を閉じた直後――背中に腕の感触が。
男の腕。太い――とまでは感じないけれど、たくましさは確かに感じた。
コッ、と。
出席簿が床に落ちる音。
動き出した心臓と、微かに早く呼吸が再開する。
私の額が彼の胸に触れそうな距離。
胸いっぱいに広がる冬樹の匂いに、心臓がまた早くなった。
「あ――ありが、と」
彼の胸を押し返すつもりで触れた手が、彼の鼓動を感じ取った。
トットットットッ。
早い鼓動。
押し返すつもりの手に力が入らない。
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