死のエクササイズ

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 『第1話』  寒風が吹く冬の夜空を  音もなく流れていく千々の雲の間から  見え隠れする半月の明りが  卯月マンションを幻燈のように照らし、  その汚れた壁にまだらの影を映していく。  「ねぇ…ホントにいいんだね?」  卯月マンションの門柱の前で足を止めた女に  その男は確認した。  「お金いらないんだね?」  カジュアル量販店で数年前に購入したのだろう  毛羽立ったグリーンのフリースに、  ソールの磨り減った三本ラインのスニーカー。  その三十代と思しき貧相な男は辺りをうかがいながら、  もう一度確認した。  「カネ払わないよ。いいんだよね」  うつむいたまま、長い髪の女は何も言わず、  卯月マンションの敷地内に入っていった。  「ここってアレだからさ、  ちょっと気持ち悪いけど…  逆にそれがコーフンするっていうか…」   男は期待と興奮に目をらんらんと輝かせ、  女のあとについていった。  「あ、ちょっと待って」  男はそばに落ちている鉄パイプを拾い上げると、  大きく迂回して壁に沿うように進み、  マンションの非常階段に近づいた。  「そこ、監視カメラがあるからさ」  男は鉄パイプをカメラにガンガンガンと数回叩きつけた。   「壊れたかどうかわかんないけど、  位置ずれたから大丈夫、映んないよ」  女は何も答えず  非常階段のほうへと進んだ。  静かに階段を昇りだした女のあとに続いた男は、  ケータイを女のスカートの中に忍ばせた。   “カシャ”  女はゆっくり振り向いた。  「顔とらないからいいだろ?  なんなら千円くらい払うからさ  ね?いろいろ撮っていいよね?ね?」        ×      ×      ×  「キムラさん、さっさと片付けちゃいましょう」            またこいつとコンビか-  「自殺ですよ、自殺。  まったく迷惑なハナシですよ。  血で汚しやがって。  あと始末する人のこと考えろって」  ミヤモト。こいつは悩むことを避け、  あらゆることに自分の都合を優先させ、  ラクに生きることに邁進する。  近頃はこんなヤツばかりだ。     
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