死のエクササイズ

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 そして、足元に落ちている空き缶をペン先でいじり、  なにかの痕跡を求めている体裁をとった。  ほこりをかぶったその古い缶がホトケのものであったわけがない。  キムラの行為はあまりにも見え透いていたが、  そんなことは意に介していないのか、  あえて見ないふりをしているのか、  ミヤモトは辺りに残っている靴の跡を調べている。  「キムラさん、あのウワサ信じてたりして」  ミヤモトは屈んだまま、両手を前にだらりと垂らした。  「これ(幽霊)が犯人ですか?」  「……」  ミヤモトはニヤニヤと笑いながら言った。  「命ってなんなんでしょう」  「…おまえにとって他人の命などどうでもいいことだろう」  「そんなことないですよ。でも、  あの大震災で望まずして亡くなった二万近い命を考えると  自ら死を選択したのかもしれない一つの命のことに関わるのが  バカバカしくなるっていうか…だって、  死の意味っていうか、命の重みがちがうでしょう」  それは同感だ。  かつて人命は地球よりも重いと言って  テロリストの要求に応じた政治家がいたが、  そんなキレイごとは義務教育の現場だけにしてくれ。  命より重いものはあるし、    それぞれの命は等価でもない。  だから保険金や賠償金の額だって相手によってちがう。  金持ちと貧乏人が溺れていたら、  どちらか一方しか助けられないとしたら、  どっちを助けるべきか。  金持ちだ。  あとでたっぷりお礼が返ってくるから?  そうじゃない。  金持ちは経済活動を通じて大いに社会貢献しているからだ。  多額の納税者である彼の死は社会の損失となるからだ。  金持ちと貧乏人が溺れていたら、  金持ちを助けろ。  それが世のためだ。  それは経済優先の歪んだ社会の価値観か?  しるか。  くそったれ。  命は等価じゃない。それだけのことだ。  人の命を奪った者は  自らの命を差し出せば許されるわけじゃない。  当たり前だ。だが、  死をもってしても償えないことをしたヤツが  のうのうと生きていいはずがない。  なのに-  俺は-  「とくに怪しい痕跡もありませんし…  これは自殺ですよ」  「いや…まだ結論づけるな」  そう言って立ち上がったとき、目が眩み、  体が手すりの外へグラリと傾いた-  「キムラさん!」    ミヤモトの声がどんどん遠くなっていく-
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