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『あっ、いえ。ただその猫、誰にでも人懐っこいんだなと思って』
傘を首で支えながらこちらを見上げる青年に少しだけ緊張してしまう。
思った以上に綺麗な顔立ちだからか、それとも初対面だからかは分からないが、不思議と手にじんわりと汗を感じだ。
だが、目の前の青年は納得した様子で少し猫に微笑み、そして俺にも微笑みかけた。
『この猫、おはぎって言うんです。誰にでも愛想が良くて』
綺麗に笑うなと不覚にも思ってしまった。そんな事を彼が知るはずもなく、話はまだ続いた。
『あの、雨止むの待ってるんですか?』
『は、えっ?』
突然投げ掛けられた質問に咄嗟に対応出来なくて変な声を上げてしまう。
『もし、誰かを待っているのでなければ…、雨が止むまで僕のカフェにいらっしゃいませんか?』
『…、カフェ?』
『ここからちょっと路上を入った所にあるんですけど、雨を待つ間、何か温かいお飲み物でもお出ししますよ』
どこからこんな話になったのか分からない。ただたまたま隣に猫がいて、じゃれていたら青年が来て、雨が止むまでカフェで待てばいいと言ってきた。
訳が分からないはずなのに、日頃なら最も怪しむべきはずの人の無償の笑顔なのに、俺はこの時、彼のあまりの綺麗さに現実を忘れてしまっていたのかもしれない。
『…、雨が止むまでなら』
『はい。ではすいませんが、傘を持って頂けませんか?生憎、この一本しか持っていなくて』
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