ゆきの訪問者

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「ごめんね、より~。まさか怪我するなんて思わなくて」 「…いや、良いけどさ。そろそろいきなり抱きついてくるのは止めてくれないか?」  家に居座っている猫又のタマに頬に絆創膏を貼り付けられながら意味がないであろう言葉を紡ぐと、あんの定悪びれている様子のない彼女はニコニコ笑顔を深めた。 「それは嫌よ? ほら、愛情は“すきんしっぷ"から、とかって人間は言うでしょ?」 「…………………。」 (―あれはスキンシップなのか? …だとしたらやりすぎだ)  緩くウェーブした薄く水色がかった髪。深海を思わせる深い群青を宿した瞳。白っぽい着物に淡く散る花々。 ――黙っていればモテても過言ではないだろうに。視える人にも、妖にも。  彼女は雪女という古来からの種族である。しかし、ここ数百年の間に妖怪の視える人間が激減。同時に、科学の目覚ましい発展により、古くは妖怪の仕業などと恐れられていた怪奇現象も解明されつつあり、今となっては妖怪の存在を否定し科学的解決に頼る人間も後を絶たない。  人間の恐怖や願いが形になった妖怪は、人に信じてもらえなければ存在してはいられない儚いもの。――その為、近年、妖怪たちの数は減る一方となっている。…その中には、彼女の同胞たちも居た。…今の彼女には友達と呼べる妖怪など、誰一妖(だれひとり)居ないのだ。  それが分かっているからこそ、よりもなかなか邪険には扱えなくて。――そう。例え会う度会う度、ヒドい目に合わされようとも。 「失・礼・し・ま・す。…強引な女は嫌われてよ?」  ドン!!と割れないのが不思議なくらい派手な音をたてて湯気のたつ湯のみが、文机の上に置かれた。 湯のみを置いた少女は綺麗なほどの笑みをたたえて雪女のユキを見ていた。――が、その彼女を取り巻く空気は明らかに殺気立っていた。 癖のない真っ直ぐとした腰まである光沢を放つ黒髪は、今日は二つに結われていた。  ――彼女は市原詩代(いちはら しよ)。同級生…なのだが、親同士が何やら縁があり、彼女の両親が海外出張中の間、彼女はうちに引き取られることになった。 そんな彼女は、今は爛々と輝く瞳を臆しもせずに雪女に突きつけていた。 「あら。嫉妬? 私がよりとくっついてるのが気に入らないの? …女の嫉妬は見苦しいわね~。悔しかったら力ずくで奪ってみたら?」 雪女の挑発的な言葉にも詩代の笑顔は揺るがない。――ただ殺気が増したような気がするだけで。
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