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「…優しいのね、末継さん」
「……いや、別に…。普通だろう?」
少しだけ頬を染めながらも、至って当たり前だというように彼は首を傾けた。――わざわざ動きを付けたのは、表情変化の乏しい彼なりの気遣いだろうか。
「…ふふっ、そうね。あなたからしたら普通なのかもしれないわね」
肩をすくめて微笑する。―彼は、変わった。あの時からは想像もつかないくらいに。
「ユキー!!!!」
聞き慣れた声が思考の淵に居たユキを引き戻した。
声は徐々に近づいてきて――目の前まで来ると、軽く息を切らせながら彼は笑顔を浮かべた。
「生き返って良かった!! ほら、行くぞ!!」
「死んでないわよ? …って、え? より?? 何処に……?!」
**************
「…ここは……神社…?」
鳥居をくぐって立ち尽くす。――一体どうして私はこんなところに?
「より~! おせぇぞ。ったく」
「悪かったよ。…で、片方は?」
「あん中」
本殿に向かい何事かを唱えていた晴明は、顔を上げて社殿の一角を指し示した。ズンズンとそこへ歩いていくと、頼重は勢い良く扉を開け放った。無機質な木の床の上には一体の狛犬がポツリと佇んでいる。
「…あれは……狛犬の獅子、ね?」
「あぁ」
小さく呟いたユキの声に頷いて、よりは彼女を振り返った。
「…なぁ、ユキ。こいつさ、片割れが雪ん中に埋まっちまったみたいなんだ。……それで、さ…」
恐らく協力を仰ぎたいのだろうが、彼女が万全でないため言いよどんだ頼重に頬を緩めた。
「分かった。捜すの手伝えば良いのね?」
「…ユキ……。ありがと」
目許を和ませた彼に頷いて両手を前へ突き出しながら目を閉じる。
雪女は雪の精を統べるものだから。
「雪の子等よ、我が声に応えよ。雪の子等よ我が手を取りたまえ。尋ね妖(びと)いずこにか居たること願ふより、玉粒にて教え給う……」
真っ白な雪の一部が淡い光を放ち出したのは、それから間もなくしてからだった。
**************
「すまないな」
階の二段目に腰掛けていたユキに、ひと仕事終えた末継が腰を下ろした。
「…何がです?」
「事情。聞いてないだろ?」
「…確かに」
狛犬を掘り起こすのに使ったスコップを欄干に立てかけると、末継は苦笑を零した。
「――つまり。残された獅子の強い哀しみが符となり私を苦しめた、と…?」
「…あぁ。纏めればそういうことだ」
そう言う彼の目が、優しくよりに向けられる。
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