臆病と沈着。

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「好きだよ。」 幻覚が俺の聴覚までを支配する。 彼が、俺を、好きって。そんなわけないのに。 幻聴は止まらない。これは妄想か。俺の頭はとうとう沸いたのか。 目の前が揺れて、何も見えなくなって。呆然と、俺は固まる。 唇に触れたものはなんだろうか。 温かくて、柔らかくて、胸がぎゅってなって。 そこで気付く。まさか、今のは、 「好きだった。ずっと、ずっと前から。」 離れた、温かいものがそう言葉を紡いで。 この数秒が幻覚や幻聴ではないと告げる。 頭の中が真っ白で、なにも考えられなくて。 でも嬉しいことだけはわかって。目頭が熱くなって。 「…おれも、ずっと、好き、だった。」 涙で視界がぼやけて何も見えない。 彼は今どんな顔をしているのだろうか。俺は今どんな顔をしているのだろうか。 彼は服の袖で俺の顔を少し乱暴に拭うと柔らかく笑った。
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