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文の内容は詳しく知り得なかったが、どうやら昔馴染みの男が近く京に戻るらしい。
男には妻があった。けれど芙蓉がその男に好意を抱いていることは見て取れた。
嫌と言うほど彼女のことしか見ていなかったから。
それでも心のどこかで、自分を選んでくれるだろうという自信があった。
けれど根拠のない自信は、脆くも崩れ去ってしまう。
――芙蓉の父が病に倒れた。
その報せを受け、女房たちがそこかしこで噂したのは一人娘の芙蓉のこと。
鬼などにうつつを抜かしている場合かと、あからさまな侮蔑の声まで耳に入ってくるようになった。
「…言われて仕方のない事だな…」
芙蓉は溜め息混じりにそう言った。
「わかっていたことだ。いつか、私は他人の物になる。住む場所こそ同じだが、そこに鬼が居ては困りものだろう」
「…出て行くのは構わない。二度と来るなと言われれば、来ないよ」
「おや、随分と潔いね」
「ただし、芙蓉。お前が幸せなら、だよ」
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