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そんな事を思いながら、俺は拓海に軽く左手を上げて挨拶すると、『指定席』に腰を下ろした。
L字のカウンターの一番奥の席、そこが俺のいつも座る場所だった。
店が結構混んでいる時だって、彼女らはその席を空けていてくれる。
何だかこの世界でちゃんと俺の居場所があるようで、たまらなく嬉しかった。
すると、あの人が笑顔で迎えてくれた。店内に漂うトマトとガーリックの香りと同じものが、彼女からほのかに香った。
「いらっしゃい。今日は一段と冷えますね」
絹のような頬を少し赤くした彼女が微笑みながら言った。
「そうだね。でもこの前行ったアラスカ程じゃないね」
俺は彼女に、また意味もない嘘をついた。
すると、間接照明の淡い光が映る大きな瞳を輝かせながら、彼女が話に食いついた。
「アラスカですか?望月さん、アラスカにも行かれた事があるんですか?」
俺はすかさず嘘に嘘を重ねる。
「ああ、仕事で何度も」
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