bar『月の海』にて

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「すみません。気付かずに」 そう言って俺の目の前にロールキャベツが置かれた。 「今日は寒いから、温かいものがいいと思って」 立ち昇る湯気と一緒に、先程彼女から香ったものと同じ香りが、鼻をくすぐる。その匂いは同時に俺のお腹を鳴らした。 あまりにも大きな音に、彼女がクスクスと笑う。 俺は頭をかきながら、「いただきます」と言って、ロールキャベツを口に運んだ。 「美味い。以前にロシアで食べた本場のものより、断然美味い」 「望月さん、よくご存知ですね。ロールキャベツがロシアの食べ物だなんて」 「当然だよ。昔は各国を飛び回って、色々なものを食べてきたからね」 本で調べておいてよかった。『月の海』では、オシャレなお通しが出てくる。それを何とか話題にしたくて、大抵の洋食の事は調べ上げた。 でも時々虚しくなる。 俺は嘘を嘘で塗り固めた自分しか彼女に見せていない。 それでも彼女の笑顔を見ると、彼女に見合うような男でありたいと背伸びをしてしまう。 俺は……そんな人間なんかじゃないのに。
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