9人が本棚に入れています
本棚に追加
旭火村という小さな村。
人口はおよそ600人程度で外との関わりも殆どない、そこで生まれたらそこで死ぬ事を義務付けられたような村に私は生まれた。
山に囲まれた村にあるのは民家と必要最低限の生活が成り立つ店、生徒人数の少ない小中高一貫の学校に診療所。
夜になると街灯が少ない故に真っ暗になって誰も近寄らない小さな公園に、村の南南東微南に昔の生まれた時からあると言われる古寺があるのみ。
旭火村には昔から奇妙な伝説があり、その伝説は今現在もまるで乾いたスポンジが水を吸って潤うかのように浸透している。
村の人間が熱心に守り、信仰するその伝説は私からしたらもはや宗教に近いもので、私はその宗教が嫌いで信用していなかった。
宗教は昔の南南東微南に位置する古寺を中心に信仰され、そこに奉られる神を村の人間は崇めている。
宗教…いや、旭火村に昔から言い伝えられる伝説の名を丙神子と言う。
十干の丙に神子で丙神子。
どんな万病や怪我もその丙神子に願うとまるで無かったかのように治癒してくれると言う馬鹿馬鹿しい伝説を村の人間は真面目に信用しているのだ。
厚い信仰故に丙神子を奉る古寺には用のある人間以外はなるべく近寄らないよう言い聞かせられ、丙神子の奉られる古寺に入る際には何枚もの書類を書いた上、丙神子を守る委員会の審査を重ねて許可が出ないと中に入れてもらえないと言う徹底ぶり。
どんな万病や怪我が丙神子に願えば治るだなんて有り得ない。
病気や怪我なんてその人の生まれもった治癒力次第。それを願っただけで綺麗に治るなんて信じれるワケがない。
6月のどんよりと曇った空の下、夕飯だと呼ばれて居間に向かい食卓に座ればお父さんが壁に掛かったカレンダーを眺めながら呟いた。
「もうすぐ丙神子祭だな」
丙神子祭。
年に1度、丙神子を盛大に祝う祭りがこの村にはあった。
村総出で賑わす祭は信仰していない私から見ても実に見事なもので、地味な村全てが綺麗に飾られる。
.
最初のコメントを投稿しよう!