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「お父さん今年係りだっけ?」
「おう!今年は当たりくじだ!」
箸を持つ手をくるくる回して嬉しそうな顔をするお父さん。当たりくじと言うのは丙神子祭で丙神子を乗せる神輿を担ぐ男衆の事で、毎年厳正なくじで役割が決められる。
年に1度の祭の主役である丙神子が乗る神輿を担いで村の隅から隅まで渡り歩く事は旭火村で生まれた男にとって非常に名誉な事らしい。
「お父さん、初めてだからねぇ」
お母さんは嬉しそうなお父さんを見ながら焼き魚の身をほぐし、口に入れた。
丙神子と言う信仰を全く信じていない娘の両親は丙神子を心の底から敬って信仰している。
「丙神子様の神輿を担ぐんだ、毎日鍛えてるぞ!」
「……」
丙神子が乗る神輿とか言うけど、毎年思う。
派手な神輿の中に乗っているその丙神子とやらは本当は村の中で密かに雇った形だけのものじゃないの?…と。
伝統的な衣装を身に纏い、顔は真っ白な布に覆われて全く見えない。
どこからどう見ても怪しいのだ。
「お父さん、箸持ったまま腕回さないでよ。行儀悪い」
浮かれるお父さんを注意すると「すまんすまん」と素直に謝り、夕飯に手を付ける。
その顔はニヤニヤとしたまま。
何が嬉しいのか全く分からない。
丙神子が何。
ただ雇った形だけの人間を乗せた神輿を担いで歩くだけなんでしょう?
そんなに嬉しがる意味が分からない。
私は自分が如何に幸せ者かを語るお父さんの声を適当に聞き流しながら早々と夕飯を胃に流し込み、自分の部屋に戻った。
私の家は村唯一の駄菓子屋だった。
毎日学校から帰ると制服のまま店番をする。
1階は駄菓子屋と戸を挟んでご飯を食べる居間に台所、トイレ、お風呂があり、2階には両親の寝室と自分の部屋、あと予備の部屋が1つ。1階には駄菓子屋側の入り口と、それとは別に風呂側に裏口があって裏口はあまり使わないし昼間も陽が入らないから年中暗い。
駄菓子屋をやっている上にお父さんはそれとは元は趣味だった日曜大工の特技を生かして村の家を直す大工の仕事もしている。
駄菓子屋はお母さんと私が殆ど仕切ってお父さんは大工。
2つの仕事をしている事もあって私の家は比較的裕福で生活には一切困っていなかった。
小中高一貫の学校までの距離は家から徒歩で大体15分程度。
食材を買う店も近いしと立地条件は良い。
ただ最近ちょっと野良犬が増えてきた事だけが難点。
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