第一章

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 というか、そもそも彼女は話し方も随分しっかりしているしおそらく話せば分かるタイプの人間なんだと思う。きっとここまで強行な姿勢を見せるだって、自身の矜持が邪魔しているからに違いない。やれやれ、大人ぶっててもまだ子供だな。  ならば。  ここは一つ、彼女よりも大人であるこの僕が。  僕こそが、ここで一歩引いてやるべきではないだろうか?  なに、難しいことをするわけじゃない。簡単なことだ。要するに彼女を喜ばせて機嫌をとってやればいいわけだろう?  僕は通学用のリュックの中を漁る。あった。これだ。完璧。いける!  僕は意を決して彼女に声をかけた。 「……まあまあ、ちょっと待ってみよう。ほら、ここにポッキーがある。そんなに離れてないで、こっちに来て一緒にたべよう。君もポッキー好きだろう? なに、子供はみんなポッキーが大好きなんだ。恥ずかしがることはないよ。仲良くしようじゃないか。ポッキーは幸せの味!」 「…………」  意味深な間。間違いなく上がった犯罪度。  おいおい、これじゃあまるで──。   「……身の危険を感じます。ロリコーンさんは誘拐犯でしたか」 「断じて違う!」  なんてこった!   逆効果だった!  僕の説得は功を成すどころか害にしかなり得なかったようである。少女は勢いよく反転し、僕から遠ざかるように逃走を開始する。大幅なストライド。美しい走行フォーム。もしかしたら陸上の活動をしているのか、とんでもなく速い。  僕は運動系の部活に入っていた経験ないため特別運動神経がいいわけではないけれど、それでも男子高校生の平均より下回ってはいないと思う。そもそも僕は男子だし、だけど彼女は多分小学生でしかも女の子だ。普通ならこのレースは、レースにさえならない。オッズで言えば十対零だ。圧勝だ。後ろ向きでも勝てる。  そう、普通なら。  だけど、どういうわけなのかまったく追い付けない。 「……だがしかし、ここで逃がしてしまうわけにはいかない!」  そして僕はこんなにも頑なだった。なぜならここで彼女を説得出来なければ、僕は性犯罪者(冤罪)の汚名を、もとい濡れ衣を着せられてしまうからである。
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