第一章

4/9
前へ
/9ページ
次へ
 1./  ■■■  世間で生きていくために最も重要なのは、タイミングだと思う。言い換えれば、時期。あるいは間。思うにタイミングの悪さとは、物事の進行にどうしようもない陰を落としてしまうのである。  唐突だがここで一つ例を挙げてみよう。あるところにA君という高校生がいたとする。A君は少し変わったところがあるものの、普段は結構真面目なタイプの学生だ。朝八時三十分登校のところ八時には教室にいるような、そんな感じの学生。けれどある日彼にしては珍しく寝坊してしまい、学校に遅刻してしまった。  学校という場所はなかなかに特殊な社会で、本来ならば一度の遅刻くらい大した問題ではない。教師だって血の通った人間なのだ。それなりに融通も効く。  そう、本来ならば。しかしA君が遅刻した──してしまった日だけはまずかった。 「……いや、何がまずいって、今日入学式なんだよ、な。つまり、カズハがいるワケ、だ」  委員長気質の暴力女が。  これは恐ろしくタイミングの悪い失敗だ。  A君もとい僕もとい七竃 常葉(ナナカマド トキハ)は肩を落として嘆息した。いや、厳密にいえば朝っぱらからの全力疾走後ではあはあと息が乱れていたため嘆息もなにもないのだろうけれど。  ポケットから携帯を取り出して、ディスプレイに表示された時刻を確認する。 「八時十四分……。これは確実に乗り過ごしたよな」  登校に使える電車は確か八時十分が最後だったはずだ。路線バスでもあるまいし、電車が予定時刻を過ぎるとは考えづらい。ここに停車していないということは、つまりはそういうことなんだろう。  僕は駅のホームにあるベンチに腰掛け、頭を抱えた。田舎の駅だから手入れが行き届いてなく、ひび割れた地面の隙間から植物がにょきにょき生えている。  ううむ、困った。由々しき事態だ。これは責任の所在を明らかにして今後の対応をしっかり検討しなくてはならない。まるで企業の社長になった気分だ。不祥事とかで謝罪するタイプの。 「……じゃあまず、何故僕が寝坊したのか、だ」  これは簡単。目覚まし時計がならなかったからである。簡潔にして簡勁。明瞭にして明白。しかしそうではあるのだけれど入学式に遅刻した理由が『せんせー。めざまし時計がなりませんでした』ではややスマートさに欠けるのではないだろうか。というか馬鹿丸出しだ。そもそも考えてみればこれはおかしい。何故鳴らなかった?
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加