―其ノ陸―

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「――あァ、あああ、あああアアアアアアアァァァァッッッーーー!」  狂ったように、アゲハは己の松ランク“胡蝶の夢”を全力で発現した。静まり返っている県道に出現した途方もない数の幻獣達は、それぞれが聞いたことのない鳴き声を上げる。 「殺せェ!」  命令と同時に、数多の幻獣が喬に襲いかかる。久蔵が千代を連れ避難を終えていることを確認すると、彼は「こりゃあ厄介だね」と言って軽く地を蹴った。  ――アゲハの体が宙を舞う。  彼女はいつどのようにして自分が今こういう状況になっているのか、皆目見当が付かない。ただ一つわかっていることは、自分の言技が完全に敗北したということ。幻獣達は一匹残らず破壊されており、自分の幻視を利用した変装も解かれて本来の姿に戻されている。  目まぐるしく回転しながら落ちていく視界で、一瞬だが彼女は確かに見た。――全身が発火し轟々と燃え盛っている、喬の姿を。  やがて地に落下したアゲハは、完全に気を失っていた。それは千代が居酒屋で宣言した通り、逃走開始からぴったり五分二十七秒後のことであった。 「おーい千代ちゃん、久蔵君、終わったよー」 「任務完了ッスね」 「アンタ何もやってないじゃない。まぁいいわ。さっさと帰るわよ」  そうして彼らは気絶したアゲハを連れ、一瞬で姿を消した。  人気がなく暗い県道には、静寂のみが残された。
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