―終章―

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 育はゴホンと咳払いをすると、少し照れくさそうに口を開いた。 「えーっと、この度は大変ご迷惑をお掛けしました。皆さんには本当に感謝しています。そして今からお見せするのは、ワタシなりのけじめです」  言って彼女が取り出したのは――カッター。キチキチと刃を出すと、それを自分の頭部へ近付ける。  止める暇などなかった。迷いなく付き立てられた刃は、容赦なく命を切り取る。――女性の命である髪を。  長くしなやかなポニーテールがカッターで切られたことにより、髪を纏めていたヘアゴムが解けおかっぱ頭となった育が生誕する。 「そこまでする必要なかったのにっ! 駄目だよ育ちゃん!」 「いいのよきずなさん。この長い髪はね、竜兄に憧れて真似してただけなの。だから、これはもういらないの」  育は過去との決別を決意したのだ。だからこそ、竜彦への想いが籠った長い髪を、龍の尾を、ドラゴンテイルを今切り取ったのである。 「いくら空手が強くても、気丈に振舞っていても、ワタシはこんなにも弱い人間です。でも、もう過去は引き摺らない。竜兄には縋らない。だから、皆に縋らせてください。――こんなワタシを、また友達として迎え入れてくれますか?」  大介達は互いに顔を見合わせると、次の瞬間には揃って吹き出した。あまりに大声で笑うので、育は見る見る内に顔を赤らめていく。 「わっ、笑うことないでしょ! ワタシが一体どんな気持ちで」 「だって、友達に決まってるじゃん!」  屈託のない笑顔で、きずなが答える。他の面子も同意の意味を込めて大きく頷いた。小柄な赤髪少女は地を蹴って、おかっぱ姿の育の胸へと飛び込む。 「おかえり……育ちゃん」 「……うん。ただいま」  天吾は大介に、アゲハと戦うことで得るものは少ないと言った。だが今抱き締めあっている二人を見ると、大介にはそうは思えなかった。  戦っていなかったら、育はきっと竜彦へと想いとここまで綺麗に決別できていなかったであろう。幻覚の竜彦との別れもさせてもらえなかったはずだ。それらの収穫は天吾に言わせれば少ないのかもしれないが、少なくとも育は多くのものを得たと思える。  戦ってよかった。彼女が得たそれは、大介が命を懸けるに値するものだと思えたから。 「大山、お前は大丈夫なのか?」 「怪我のことか? 瀬野よりは軽傷だ」
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