―序章―

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「七郎様はあの扉の向こうにおられます。そのお姿を皆様にお見せする前に、一つ誓っていただきたい」  男は笑みを消し、続ける。 「七郎様の復活は、くれぐれも他言無用でお願いしたいのです。今はまだ復活なされたばかりですので、世界に再び平和をもたらすためには少々時間が必要になります。それに、もう二度と七郎様が政府に隔離され無様に殺されるなどあってはならない。我々世村教が七郎様を導き、理想の世界を作る手助けをしていかなければならないのです! 他言無用を誓っていただける方は、ご起立願います」  全員が席を立つのに、そう時間はかからない。湧き上がる拍手に笑顔で答えると、男はお待ちかねだと言わんばかりに大きな装飾扉へと信者の目を促す。 「では、世村七郎様のご登場です」  ゆっくり開く重厚感のある扉。その先にポツンと立つ小さな影。その主は、間違いなく生前の世村七郎そのものの姿形をしていた。  聖堂の固定席を二等分するかのように通る通路を進み、七郎は祭壇へと向かっていく。信者達は声すら発せない。確かに感じる、かつての神がこの場にいるという感覚。サラサラの髪が流れ、息づかいが漏れ、歩む音が聞こえる。間違いなく、生きていて七郎を象っているものがそこには存在していた。  祭壇へと上がった七郎は、くるりと向きを変え信者達の方を見渡す。神を前にした信者達は、深々と頭を下げた。 「先程も申しましたが、七郎様はまだ万全ではありません。なので、本日願いを叶えるのは、これまでの貢物の素晴らしかった上位一名の方のみとさせていただきます。では、木下さん。どうぞ前へ」  席を立ち通路を進み、祭壇の下にまで来たのは口髭を生やし痩せ細った男性。これまでどれほど貢いできたのかが、一目でよくわかる。 「今までよく頑張りましたね。それでは、七郎様へアナタの願いを伝えてください」 「はっ、はいっ! 妻を! 五年前に亡くなった妻を生き返らせてほしいんですっ!」 「それでは七郎様に伝わりませんよ? できるだけ詳しくお願いします」 「す、すみません。これが写真です。名前は木下夕子。山へハイキングへ向かう途中、居眠り運転のタンクローリーに轢かれて……享年四十五歳でした。裁縫が得意で、夕子の作る料理は煮物が絶品でした」
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