―其ノ弐―

20/22
前へ
/168ページ
次へ
 七郎の蘇生についても、同じことが言える。つまり、目前にいる七郎は同年代の子どもで、催眠術か何かで自分が世村七郎であると思い込ませる。その上から変装の力を使えば、子供を七郎に見立てることは可能である。それならば七郎が言技を使えないのも納得だ。  同じような方法を使えば、死者を蘇生するような奇跡を演じてみせることも可能なように思える。  変装し人を欺く力。それならば、然程脅威には感じない。チャンスを待てば脱出は不可能ではないはずである。 「ご入浴中失礼」  バスルームの外からアゲハの声が聞こえてきた。湯気で曇ったガラスの先には、アゲハが着ていた紫色がぼんやり見える。 「ちゃんとその子の面倒を見てくれているのね。大分会話もできるようになったみたい。やっぱり、ワタクシの見込んだ通り。素晴らしいわ叶さん。それで、ワタクシの言技については何かわかったのかしら?」 「聞いていたんですか?」 「ごめんなさいね。そうだ、ワタクシも一緒に入っちゃおうかしら」  そう言うなり、曇ったガラスの向こう側でアゲハが服を脱ぎ始めた。叶はなるべく音を立てぬようそっと湯船から上がると、体にバスタオルを巻き付ける。そして、片手持ち用のプラスチック製の桶でお湯を掬った。  相手は完全に油断している。脱衣中ならば隙もできるはずだ。アゲハの言技が戦闘タイプでないならば自分にも分があると、叶は己を奮い立たせる。  一度、深呼吸。それから覚悟を決めてガラスの扉を開き、叶はアゲハがいたところへ向けて桶のお湯をかけた。――つもりだった。  かけたお湯は床を濡らしただけで、肝心のアゲハには一滴もかかっていない。というより、視界の何処にもアゲハはいない。叶が混乱していると、後ろから声が聞こえてくる。 「酷いことするのね。怒ってるの?」 「……怒ってません。私はただ、ここから逃げ出したいだけです」 「つれないこと言わないでよ叶さん。お顔の火傷を治してあげたのはワタクシなのよ?」  恩着せがましくそのようなことを言うアゲハは、叶が飛び出してきた扉の前に立っていた。確かに脱いでいたはずの浴衣も身に纏ったままである。  再び混乱に陥っている叶の様子を見て、アゲハは上品に微笑む。
/168ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13373人が本棚に入れています
本棚に追加