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「ワタクシの言技が自分や相手の姿を変えるだけだとでも思ったの? 言ったはずよ。ワタクシの言技は世村七郎の“石に花咲く”に負けずも劣らない。ハッタリだとでも思った?」
「……」
「それに、ワタクシをどうにかしたところでアナタはこの地下室から出られない。無計画な子は嫌いよ。思ったより諦めが悪いのね」
「……はい。そうみたいです」
叶の反論に、アゲハの顔から笑顔が消える。
「私は諦めません。きっと大介君が助けに来てくれるから!」
「大介君? 誰だか知らないけど、その期待は捨てた方がいいわ。学校には精巧なアナタのダミーが置いてあるもの。誰もアナタが行方不明だなんて気付かないわ」
確かに学校で恵素子の姿をしたアゲハに攫われる際、弾けるように溢れ出た蝶の群れの中に自分とそっくりの誰かを見た記憶がある。アゲハ曰く、今はその誰かが叶を名乗り外の世界で暮らしているらしい。
「大介君なら偽物だって気付いてくれる!」
「やけに信頼してるのね、その大介って男」アゲハは意地悪に笑い「ひょっとして、好きなの?」
「アナタには関係のないことです」
「ふふっ、妬いちゃうわね。それってどんな男なの?」
「教えません」
「あらそう。まあいいわ。多分育さんなら知ってるだろうし彼女に聞くから」
ここで登場した友人の名前に、叶は目の色を変えた。
「何で育さんを知っているの? お願いっ! 育さんは巻き込まないでくださいっ!」
「巻き込む? あはは! 随分と愉快な勘違いをしてるのね」
「……どういう意味ですか?」
「ワタクシにアナタの情報をくれたのが育さんなの。つまり、育さんがアナタを巻き込んだのよ」
告げられた事実に、叶は目を見開く。さぞショックであろうと、アゲハは彼女が見せる反応を恍惚の表情で楽しみに待った。
「……そう、ですか」
ポツリポツリと、叶は小雨のような言葉を落とす。
「育さんが巻き込まれたわけではなかったんですね」
叶は心のそこから安堵していた。自分が育を巻き込んだわけではなかったことに対して。
友人に裏切られたとも取れる発言を気にも留めない。人を怒らず恨まないその純粋さは、場合によっては異常とすら感じさせるほどの不気味さがある。
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