―其ノ弐―

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 殴られても笑顔で返し、理不尽な暴言に対し謝罪する。人間として異常とも言えるその行動が、ひょっとすると中学時代の苛めっ子達をより一層暴力的にしていたのかもしれない。 「やっぱり、ぞくぞくするほど素敵だわ」  そんな叶を、アゲハは本当に気に入っている。 「叶さん。アナタはここから脱出することを諦めないのね」 「はい」 「では、こうしましょう」と、アゲハが提案する。「その大介君という男を殺してくるわ」  ――しまった、と叶は思った。これは間違いなく叶が大介を巻き込んだという形となる。  だが、大介は違う。大介は強い。頼れるヒーロー飛火夏虫。きっと目の前の女になんて負けたりしない。叶はそう信じてる。  それでも不安は拭えない。未だに理解できないアゲハの言技。彼女は己の力を七郎に負けずとも劣らないと公言している。もし本当にそうだとするならば、石に花咲くと同等の力を有しているというのならば、大介は負けるかもしれない。――否、確実に敗北する。 「ま、待って」 「嫌よ」 「もう逃げるなんて言いませんからっ! アナタの言うことも聞きますから!」 「もう遅いわ。ワタクシはその大介君とやらの死骸に縋り付き泣くアナタが見たくて仕方がないの」  繰り返し謝罪する叶の言葉など何処吹く風で、アゲハは脱衣場から去っていく。それを阻もうとしがみ付く叶の手を振り解き、アゲハは彼女を見下ろした。 「待っててね叶さん。すぐに戻るから。でも、大丈夫よね」  アゲハは笑う。悪意をそのまま形にしたかのような、今までに一度も見たことのない黒い笑顔で。 「だって、そんな酷いことをしてもアナタはワタクシを恨めないんですものね」
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