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拳は体の大きい男であるが、その肉体は見せかけだけであり実際は力が弱く、喧嘩は得意な方ではない。なので、助けに出ることを躊躇した。
己の中の臆病と戦っている最中見えたのは、女の子の姿。着ているブレザーは近くにある中学校のものであり、長いツインテールを揺らし抵抗している涙目の少女は――とてつもなく美少女であった。
拳の魂は美少女のために奮い立つ。男の本質とは、そんなものである。
「うおォォォォォォッ!」
発現。言技“大山鳴動して鼠一匹”。気迫と勇気を纏い、拳は不良の前に立ちはだかった。
ジェットエンジンの如き轟音が空気を揺らし、発現の度に迫力のあるものへ形を変える気迫のオーラは、今回炎に形を変えて燃え盛る。強力なハッタリを噛ます拳の言技を初見で見破ることができる者はほとんどいない。案の定、不良達も大分怖気づいていた。
「なっ、何だよアイツは!?」
「あの炎ってひょっとして“飛火夏虫”か!?」
憶する不良達が注目したのは、拳の右腕。衣替えにより今は夏服である半袖のカッターシャツを着ているので、拳の腕は剥き出しになっている。そして、そこには少しであるが確かに包帯が巻かれていた。
この包帯は、プール覗きにて恵素子の鞭を受けた時に負った怪我の上から巻いている。この怪我が意外な形で功を奏し、不良達は完全に拳を大介だと勘違いした。
「オイ、今ならまだ見逃してやらんでもないぞ?」
とどめの強がりで、不良は震えあがり逃げ出していった。何とかうまくいったと安堵した途端、言技の効力が解けて炎はしぼみ、やがて小さな鼠の姿となり消滅した。
「あ、あの」と、少女が怯えつつ拳に話しかける。彼女が美少女であったので何とか勇気を捻り出せた拳であったが、その後恩着せがましく交際を迫るような男ではない。というより、そのような度胸は持ち合わせていない。
それに何より、彼は自分の年齢にそぐわない容姿にコンプレックスを抱いている。自分とこの子は釣り合わない。そう悟った拳は「それじゃあ、気を付けて帰れよ」とその場を離れようとした。
「ま、待ってくださいっ!」
だが、呼び止められた。振り向くと、少女は拳の側にまで駆け寄りその愛らしい顔を低い位置からグイッと寄せてくる。拳は赤面し、何が何だかわからずに口をパクパクと動かした。
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