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育を見失い、男は周囲を見渡す。しかし、その姿は何処にも見当たらない。それはそうである。何故ならば――育は彼の頭上にいるのだから。
くるりと宙返りを決めた育は、男が振り向く暇も与えずに蹴りを浴びせる。まさしく蝶のように舞い、蜂のように刺すといったような身のこなし。ようやく追いついたきずなは、その鮮やかな動きに懐かしさを覚えた。
金色の尾を翻し宙を舞い、必殺の蹴りで相手を確実に仕留める。正真正銘の“ドラゴンテイル”を見るのは、彼女が不良を卒業した中学の時以来であった。
見惚れている場合ではない。警備員二人をノックアウトした育は、出口へ向かい駆けていく。それとほぼ同じタイミングで、出口上部のシャッターが下り始めた。これもきずながデパートのオーナーとたまたま友達であったからできたこと。つくづく何でもありな子である。
行く手を完全に塞ごうとするシャッター。育はスライディングで僅かな隙間を潜り抜けると、そのまま外へと逃げていった。
駆けつけた警備員達が蹴られた仲間に手を貸して、デパートの店員は騒然としている客達を宥めている。きずなは育が落としていったキャップを拾うと、悲しげに閉じたシャッターを見つめる。
「きずなちゃん」と、照子。「育さんはどうしてしまったんでしょう?」
「わかんない。わかんないけど、助けてあげないと」
◇
午前十時前。駅前の広場に建つ時計塔の下には、愛しの希々を待つ拳の姿があった。きっちりと分けた七三の髪形にスーツ姿。手には薔薇の花束を持っている。
「ちょっとベタ過ぎじゃねーか?」
声を発したのは、物陰に隠れて拳のデートの行く末を見守っている大介。勿論、他の男達も一緒である。
「何でスーツ着せるんだよ。あれじゃ余計社会人に見えるじゃねーか」
「しゃーないだろ瀬野っち。大山っちの親父さんが同じような体型で、あのスーツが一番イカしてたんだよ。髪形が悪いんだよ髪形が。アレやったのってシャギーっちだろ?」
「針金のようなあの剛毛を七三分けで固めるのに、僕がどれだけ苦労したと思ってるんだい? 一番悪いのは花束だと思うけどね」
「わかっていないな。男+薔薇の花束=ハードボイルドなのだ」
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