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ポタリ。
静寂に包まれたせわしない戦場の中、壁に凭れたボクの耳に、水の跳ねる音が聴こえてきた。
聴こえた、と言うのは変かもしれない。敵兵に潰された耳は役目を果たさなくなって久しいし、視界もぼやけている。あちらこちらで破裂音が鳴り響いているはずのこの戦場で、ボクの世界がこんなにも静かなのは、そういうことだった。
そのボクに確かに聴こえた、水の跳ねる音。聴こえるはずのない微かなそれに耳をすませ、ようやく思い至る。
これは、涙の音だ。
愛しい人の双眼から零れ落ちる、薄氷のごとき美しい滴の音だ。
そう気付いたとき、ボクは霞む視界を振り切るように目を凝らし、君の姿を探した。長く艶やかな髪を、焦げ茶色の瞳を、愛しい君を。
そうして見つけた君の姿は、予想通り、泣いていた。
君の唇が動く。
(いかないで)
そう言っているように見えた。
(いかないで、いかないで、私の傍に居て)
君の声は聴こえない。次々に零れる涙の音は聴こえるというのに、変な話だ。
思わずクスリと笑い、痛む傷口に眉を歪める。
足を撃ち抜かれ、好き勝手に殴打されたこの身体には、指一本動かす気力すら残っていない。
恐らくボクは、死,ぬのだろう。
なら、それならば。
最期に君に、伝えたい。
ゆっくりと、動くはずのない腕を上げ、居るはずのない君の頬に触れ、感じるはずのない体温にすがる。瞳には、愛しい君。零れる涙を指先で掬い、微笑みかけた。呟いた言葉は、君に届いただろうか。
/「なかないで」
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