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カーン、カーン、カーン
広葉樹と針葉樹が東西に別れて生えている森の中で、斧が木を打つ小気味よい音が響く。
この音はいつから響かせられるようになったのか……もう覚えていない。
俺が樵になったのは5年前のことだ。始めの頃は筋力もろくに無く、斧を持ち上げることもできなかった。もちろん今では手足のように使えるが。
「おーい、飯にしようぜ」
「はい、わかりました」
野太い声に呼ばれ、作業を中断し声の方に歩く。
声の主は自分で切った切り株の上に腰掛けて、弁当の包みを広げていた。
彼のことはおやっさんと呼んでいる。厳つく髪が立っている上、右目の下に大きな傷痕があるから初対面なら怖がる人が多いだろう。しかし中身はとても優しくいい人だ、俺が樵に成り立ての時からお世話になっている。
俺はおやっさんが切り倒した木の幹に斧を立て掛け、その隣に座り、自分の弁当の包みを開けた。この弁当はおやっさんの奥さんが作ってくれている。同じ物ばかりだと飽きるだろうということで、パンであったりおにぎりであったり毎日違う物が出てくる。今日はパンにハムとレタスを挟んだ物だ。
「ああ、そうだ。今日は湖の近くにある土も持って帰って来て欲しいと言っていたのだが、頼めるか?」
「はい、今切っているところが終わったら言ってきます」
「悪いな」
「いえいえ」
俺は食べ終えるとさっきの所に戻り、作業を再開した。どれほど経ったのだろうか、作業を終える頃には日が暮れはじめていた。
もうすぐ帰宅するとの声が聞こえてくるだろう。だから斧を、持ち運ぶ為に作った紐付きの筒にしまい、湖に向かって駆け出した。
湖は森の中央にあり、こちらの岸から向こうの岸までの距離は一番長いところで50メートルぐらい有り、水深は浅いところでも10メートルはある。そして湖の水は栄養が豊富で、飲んでも美味しいし周りの土は肥えた土壌となっているのだ。
広葉樹の森を抜け湖に到着すると、俺は目的の土をいつも携帯している麻袋に詰め込んだ。
「少しだけなら……いいか」
目的を果たした俺は、湖に顔を写す。
俺の顔はやや中性的で目元も柔らかく、髪も肩にかかるほど伸ばしているので街に出るとたまに女性に間違われる。
しかし、瞳が濁っている。常に目の中に灰色の澱みが渦巻いている…そう5年前のあの日から。
「やっぱり、消えてないか。見ていると気持ち悪いのだけどな」
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