To my precious〜後日談〜

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 新規客来場を告げる店員の元気な声が響く。明るい店内は更に賑わいを増し、そろそろBGMも聞こえなくなってきた。けれどそれら総てすべての音が薄い膜に覆われた喧騒のようで、耳障りではなくまるで心地よさすら感じる。  ハルは時々瞬きをしながら、俺を正面からじっと見つめている。そういや商談時に対面はうまくねぇんだよな、なんてどうでもいいことを思い出して、それから自分の肩に力が入っている事に気付いた。肩と首の力を抜き、右手で軽く頬杖をつき、改めてハルを見つめれば、やっぱこいついい顔してんなあと素直に思い、そんな事を今更再確認する自分に笑えて頬が緩む。 「お前と一緒に暮らす事を決めて、この街を選んで引っ越してきて、あと数ヶ月で丸二年だろ。賃貸の更新時期だ。現状不満は特にないから更新でもいいし、引越しを考えてもいい。二年住んでみて、この街自体は交通の便も良いし、生活環境も悪くないし、それにお前と一緒にスタートした街だから、俺の中ではまあまあ特別だ」  俺の言葉にハルはじっと耳を傾けて、そうだねと微笑んだ。 「パートナーシップ宣誓制度ってのはぶっちゃけまだまだ手探り段階だなって感想だけど、手探りでも前進出来るなら、いいと思う。そもそも俺達自体が手探りで前に進んでるようなもんだし……俺はこの街で、これから更に前進するための最初の一歩を踏み出すのは良いんじゃないかって、思ってるよ。ハルが良ければ、だけど」 「省吾……」 「だから、うん、検討しようぜ。パートナーシップ宣誓」  思ってたことを言い切って息を吐くと、ハルは口角を引き上げて「うん」と応えた。 「俺いま結構頑張ったな、喉乾いた。あと一杯飲む、お前は?」 「俺もあと一杯飲む。シャリキンのホッピー白にする」 「いいね、俺もそれにしよう」  元気な若い男子店員が俺達の会話を聞きつけたのか、追加伺いますと現れた。アルバイトだろうか、優秀な人材だなと感心しながら、追加注文を依頼する。 「省吾」 「うん?」 「今日だけで俺はもう三回、省吾を更に好きになったよ」  口に入れたばかりの枝豆を噴出しそうになって慌てて左手で口を塞いだ。正面を見ればつやつやの頬を引き上げて微笑むハル。
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