始まり

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由香里は太一を自宅の前まで送り、残して来た仕事をしに職場である村役場に戻ると、一人の男が声をかけてくる。 「由香里、大丈夫だったか?」 由香里が自分のデスクに腰掛けて一つ溜め息をつくと同時に、由香里に声をかけて来たのは、由香里の同僚でもあり同級生でもある山崎 聡(やまさき さとし)だ。 山崎は役場職員には珍しく少し茶髪でスラリと背が高くなかなか格好良く、学生の頃はやんちゃをしていたが元来の明るい性格からか、村人から人気者の存在だった。 「うん、それがさぁ……なんか誤解だったみたいで……でもわたし、その事聞く前に怒りのあまり相手の人叩いちゃった」 由香里は太一を降ろし冷静になると、何も悪くない龍仁を叩いた事を反省して少し落ち込んでいた。 「うわっ、マジでっ!そりゃひでぇ……その人災難だったな、可哀想に……で、誰叩いたんだよ。俺も後で一緒に謝りに行ってやろうか?」 山崎は楽しそうに笑いながら、由香里をからかう様に言った。 それは周りから見ると、山崎は由香里と話せる事が嬉しくてたまらないという様な態度で、そんな山崎が由香里に好意を持っている事がバレバレだ。 山崎は学生時代からシングルマザーになった今でも、由香里に惚れている。 高校を卒業すると都会にあこがれていた由香里は上京したが、太一を身籠ると相手の男に裏切られ独り川上村に帰ってくると、みんなの反対を押しきり太一を産んだ。 山崎はその時、一度密かに由香里に告白したが、由香里に山崎の事は友達としか思えないと言われ断られていた。 「それが、相手は……あの、一ヶ月くらい前に越してきた怪しい男だよ……人が謝ってるのに無視してとっとと帰って行く失礼な奴のとこにわざわざ行かなくても、今度いつか会った時にでいいんじゃない」 由香里はさっきの龍仁の態度を思い出し、少し苛ついて応えた。
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