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感情はあっさりと発露してしまうものだ。私はそんな心とうの昔に捨てていたと思い込んでいたのだろう。
ゼルは姉に連れられて昼食の手伝いに行ってしまった。なぜか嬉しそうに笑いながら駆けていったのが印象に残る。
「ゼル・アラード……か」
ふと空を仰いで抱擁された時の事を思い出してみると体温が上昇していく。
と、殿方の胸元で泣いたとは何たる失態……い、嫌ではなかった。なぜだかわからないが、すごく安心して身体を預けてしまうほど気分が軽く……
考えてしまうとキリがない言い訳や感想をボロボロ零してしまう。今でさえ昂りが胸の内にあるほどだ。
……
「この、化物が!」
後方から殺気立った一振りがルヴィの背中を掠める。少し浮かれていたにしても、血髪の鬼姫の異名を持つ彼女は動じない。
血髪の鬼姫とは彼女ルヴィ・アラードのことを指していて、鬼神の民に危害を及ぼすものを早急に暗殺、殲滅を行う影の存在。
戦闘に関しては何にも引きを取りはしない。
ルヴィは身体を捻り一歩後退、相手の姿や態勢を確認してまた一歩後退する。そこまでの動作に一秒と掛けてはおらず、そこから白の剣を鞘から抜き構える。
……
「ローギリシス!本当に私を殺しにきたか?」
ルヴィを襲ったのはローギリシス・フラトネルだった。青い服を纏い銀色の剣は人殺しを欲しているかのように輝いている。
そして、ローギリシスから溢れ出る黒いドロドロとした煙がまるで生きているのか、彼の身体を這い回っていて少しグロテスクだ。
あれは危険だと感じる。
「ルヴィ・アラード、俺に斬られろぉ!」
ローギリシスは血髪の鬼姫に飛びかかる。その速度にルヴィは反応出来る筈だ。
しかし、
「っ!……」
ローギリシスは人間の動きを遥かに超えていた。ルヴィの剣を弾き首筋を掴まれ、勢いは殺されず地面に体を叩きつけられる。
激痛を加味したが、ルヴィは飄々とした表情で剣を振るう。脇腹のラインをなぞる様に切り上げてローギリシスの右腕を肩から吹き飛ばした。
「でゅああああ!」
その瞬間、ローギリシスの身体が変貌を遂げる。体格が一回り大きく巨大化、歯は伸びている。瞳はもう存在せず白目、まるで人間では無いかの様な……
「人であることを捨てたか。ローギリシス!」
ルヴィは問う。最後の問いを……
返事はなかった。
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