第3滑走・『天才vs天才』

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照明の落とされたリンクサイドの椅子に腰掛け、自分のスケート靴を無言でバッグに押し込む。 転倒の時に打った右肩がまだ痛むけど…いいや。 もう競技では使わないんだもの。いちいち湿布したり、テーピングしようか迷うのさえ煩わしい。 ……舞愛のジャンプは二回転で回転が開いてしまった。 高さだけはあったので、着氷の時に氷の上で余分に跳ね、さらに転倒した。 トレーニングの時なら何度転倒してもすぐ起き上がって次の動きに行けたのに。 (……やっぱり、だめかもしれない) 打った右半身の痛みが酷く、肩を押さえたままリンクにうずくまっていると、 「バカ高い二回転サルコウを着氷し損なったお姉さん」を不思議そうに眺める小学生くらいの子と目が合ってしまう。 (…かっこわるい) (何やってんだろ。…帰ろ) 舞愛はその子を無視して、絶対泣きたい素振りなんか見せないようにしてリンクから引き上げた。 そして、今である。 トレーニングウェアを高校の制服に着替えた舞愛は、アリーナの出入り口まで来ると、首もとに冷たい風を感じた。 (マフラー、忘れて来ちゃった…) 今朝、ホントはまだ要らないかな、って思ったのに… 「今日は予報で寒くなるって」 と言い張る母親に根負けして巻いてきてしまったのだ。 なければないで今日一日くらい平気だったのに…、 と、理不尽だとは思うがリンクサイドに忘れたマフラーを取りに戻る煩わしさを母親のせいにして心の中で思いっきり悪態をつく。
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